ニューアルバムの宣伝のため、地方のラジオ番組を廻っていた谷川さんは、今夜は母さんのラジオ番組にゲスト出演する。
勝也さんと谷川さんは、小学校や中学校では、仲が悪かったわけではないけれど、しかし、それほど一緒に遊んだりする仲でもなかったらしい。
だけど、高校を卒業してすぐ、谷川さんがシンガーソングライターとしてデビューし、楽曲がCMなどに使われるようになると、どうやら知り合いに有名人がいると嬉しくなるタイプであるらしい勝也さんは、積極的に谷川さんを応援するようになった。
一歩間違えれば、かなりうっとうしい昔のクラスメイトになるところだけれど、幸い、谷川さんから迷惑がられている様子はない。
「谷川さんがイヌフラシの名づけ親だってこと、土佐先生や塔子さんは知らなかったみたいですね」
「二人は知悦部小学校の出身じゃないからね。さすがに僕の流した噂も、知悦部地区外まで広がることはなかったみたいだし。まあ、先に僕が知悦部から出ることになったんだけどね」
ダイチの質問に、谷川さんが答える。
勝也さんが、僕とダイチがインタビューをしたがっていることを谷川さんに連絡すると、谷川さんは、わざわざこうして時間を作ってくれた。母さんも協力してくれて、ラジオ局の応接室を使わせてもらっている。
谷川さんがイヌフラシの名づけ親だということで、今日は僕がカメラを担当し、ダイチがインタビューをしている。マリサは、僕やダイチとは帰る家が違うので、あまり迷惑をかけたくないと参加しなかったが、たぶん夜は眠くなったらいつでも自分のベッドで眠れる状態でいたいから、というのが本当の理由じゃないかと思う。
「谷川さんが知悦部小学校にいた時に現れた犬は……」
「ストーニーとリンク。それにトッパーだね。覚えてるよ。でも、それぞれの名付け親が誰だったかは覚えてないんだよね」
「そうなんですか」
「だいたい、子供らの中から自然発生的についていたはずだからね。言いだしっぺが誰だったのか、みんなすぐに忘れちゃうんだよ。誰が始めたのか分からない、知悦部小学校だけで流行ってる遊びとかもあったはずだよ。まあ、そういうのは、どこにでもあるものかもしれないけど」
「じゃあ、イヌフラシに関する、細かい設定とかも、誰が言いだしたのかは分からないんですか?」
「うん。ちょっと分からないね。顔はブルドッグで胴体はドーベルマンとか、初めて聞いたもん。中学校では、イヌフラシの話とかしなかったしね。ヘタすりゃ、僕が名付け親だってことも忘れてたかもしれない」
おおかた都市伝説というものは、このようにして広がっていくのだろう。イヌフラシは、広がってなにか問題があるわけでもないので、別にかまわないとは思うけれど。
そんなことを考えていると、ダイチが僕に視線を送った。どうやら、他に聞くべきことが見当たらなくなってしまったらしい。そこで、僕はカメラを回したまま、別の質問をすることにした。
「土佐先生たちとのことも聞かせてもらえますか?」
「洋ちゃんたちとは中学時代、一緒にバンドをやってたんだよ。さっきの話に出てきた音楽とか映画とか文学とかに詳しい奴が中心になって、僕と洋ちゃんと塔子さん。他にもう二人いて、六人編成だったんだ。みんな、僕より才能あったと思うんだけどね」
「なんて名前のバンドだったんですか?」
「それはねえ……おしえてあげないよ、ジャン」
なんだか、塔子さんを思わせる笑顔で、谷川さんは言った。
「アユム、そろそろ」
母さんがやって来て、インタビューは終了になった。谷川さんは、「じゃあ、縁があったら、また会おうね」と言って、ラジオの打ち合わせに向かった。