『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(19)

 つい最近、近所のスーパーマーケットでクリハラを見かけた。元気だったはずの彼の父は認知症を患ってしまったらしく、他人の買い物かごに次から次へと商品を入れてしまう。それをクリハラが優しく諭している。あまりに哀しくなったので、私は気づかれぬようトイレに駆け込み、そっと吐血した。幼い頃から鼻の粘膜が弱かったらしく鼻血が多かった。そのせいで、初めての吐血も最初は鼻血と勘違いした。喉の奥にかすかに血の香りが上がってくる感覚は、他のどの知り合いよりも馴染み深いものだった。主治医のオオツ先生にも告げずに今日まで来てしまったが、着実に何かが進行している気配はある。

 結局、クリハラとは顔をあわせぬまま地元を発つ日がきてしまったが、バッタが操縦士の下半身を食い荒らしたらしく、空港で一泊するはめになった。食堂のテレビでは有名なアニメ監督による実写映画の予告が流れ、終末感漂うモノクロ画面に、首の長い少女や古川リョウ演じる兵士の姿などが映し出された。

 留学から帰国した日、同じテレビには暴動のニュース映像が映し出された。満員電車のように通りを埋め尽くした人の波には、洪水のように危険物が流れてくるのも見えた。イカダのようなものも流れてきて、血まみれの女性が乗せられていた。よく見ると彼女にすがりついていたらしい子供の姿も確認できた。子供は縄で片腕をイカダに繋がれた状態で、激しく人や物にぶつかりながら流れていく。おそらくすでに息絶えており、その姿もどんどん見るに堪えないものになっていった。女性はかすかに息があるらしく、流れ着いた先で応急処置を受けているようだった。カメラが子供の姿を捉えることはもうなかった。かすかに聞こえる音は、1994年の韓国で覚せい剤中毒の男が女性を人質に立てこもった事件の映像で威嚇射撃か照明弾の音かはわからないが、やけにリズム良く鳴った音と同じだった。「擬音にすれば、“ドンドン、スッ、トン、スッ、トン、ダン!”だ」と言うと「ちょっと卑猥」とお嬢が感想を述べた。