『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(63)

 安眠とまではいかなかったが、首を吊りたくなるほどの悪夢に苛まれることは減ったため、外に出る機会を増やしてみたのだが、普段の生活の中でふと自ら首を締め付けたくなるような記憶が甦ってくることが増えた。その都度、頭を振って対応したが、骨粉の風味を食事中に感じて、限界が近いことを悟った。テレビではコーラを飲んだ医者が「水死体の背は伸びますか」と尋ねてくるCMが繰り返し放映され、種明かしの前に小児科医だと気づいた私に「K氏あたりなら感心してくれるかもね」とお嬢が言った。撮影現場で小児科医が緑色の甘いゼリーを注射器に詰め込んだものを見せてまわったのも知っている。小児科医が持参したゼリーは、子供向けの病院食として利用されるもののなかでは、最も安価な商品で、メロン味と称されているものの、どちらかといえば幼児向けのメロン風味歯磨き粉に近い味をしている。呼吸器官の疾患を持つ子供が好む傾向にあると、3歳の頃の主治医だったオーツ先生から聞かされた。

 オーツ先生が紛失した聴診器の片側は、巡り巡ってキネマユリイカ駅前の若い医者の病院に持ち込まれていたのだが、それを知ったきっかけは、直接関係のない薔薇の大量窃盗事件のニュース映像だった。顎の右半分を崩れたウエハース状に砕かれた店主が血を吐き飛ばしながら犯人を罵倒している映像だ。「医学的に見れば腹腔及び内臓破裂による即死です」と誤って別の事件の被害者に関する意見を述べる若い医者が首に下げていたのは、紛れもなくオーツ先生が片側を紛失した聴診器で、思わず確認の電話をかけようかとも思ったが、わざわざ恥部を指摘する必要もないし、そもそも連絡先など知らなかった。