話を聞かない教師、少なくとも症状は聞いてくれる医師

 私の家と通っていた小学校は距離が近く、周囲も大きな畑ばかりなので見通しも良かった。もしも、もっと家が山の中や麓近くにあり、学校との距離も離れていたのなら、きっと私は熊との遭遇に怯えて登校拒否になっていたことだろう。

 しかし、小学校生活で味わわされたあんなことやこんなことを思い返してみると、いっそ登校拒否になって自宅学習に精を出していたほうが、私の脳も精神も健康に育ったのではないかという気もする。教科書以上の指導力を持った教師なんかそうそういない。つまり、大抵の教科書は教師よりは役に立つのだ。学習の速度を速めることも緩めることも自由自在である。

 人間関係に関しても、基本的に教員と児童/生徒しかいない学校で一日の大半を費やすことが有益とはどうしても思えない。入院経験が比較的多めな私は病院のほうが社交的になれたものだが、学校と病院となら病院のほうが世界は広いと思う。医師や看護師はともかく、患者は年齢も職種も多様である(子供は小児科で括られがちだけれど)。それに、米の食事でも牛乳を強要されがちな学校給食よりも、病院の食事のほうが私は好きだった。人望のない私がいくら主張しても説得力に欠けるし、医療従事者の負担が増してしまうというような問題もあるだろうが、3歳~5歳くらいの間に必ず二度以上の入院を経験することを義務化してみたらどうだろう。もっとも、効果があったのだとしても、その後の義務教育生活で性根を捻じ曲げられてしまったら意味はないのだが。