蠅の王は玉座に、末端の蠅は便座に

 この時期というのは、融けかかった雪とそれに伴って現れはじめる塵やらゴミやらのせいで景色は汚いし、寒いんだか暑いんだかわからん気候で何を着て過ごせば良いのか悩まされるし、結局何を着ても心地良くなんか過ごせず、しかし、よくよく考えてみれば、心地良く過ごせる気候なんて、一年の間にほんのわずかしかないような気もしてくるので、しょうがねえなあ世界ってやつは、という投げやりな心持でやり過ごしてみようと思う。

 それでも、人類というのは、元来の弱さをカバーするために、大いなる文明を発展させてきたわけで、この快適とは言い難い季節をなるべく過ごしやすくするための叡智も豊富に蓄えられている。ゆえに、この程度の心地悪さくらいでは、いかに貧弱なもやしの妖怪でも、そうそう簡単に成仏したりはしない。

 人類のような文明を持たぬ、その他の生物たちは、代わりに強い生命力や生存本能でもって世界を生き抜いているわけだが、残念ながら、まれに生存競争に不向きな個体も存在する。まだ昆虫の活動には絶望的に向かない気温になることも充分に考えられるこの時期の北海道で、調子こいて無意味に先陣を切ってしまったハエなどが、おそらくそういった個体の代表格で、すぐにへばって壁や地面で動かなくなってしまう。

 そんなハエ界の向こう見ずたちは、特に素早いわけでもない、十勝地方在住のもやし妖怪でも、殺虫剤はおろかハエ叩きすら使用する必要もなく、ティッシュで簡単に捕まえることができてしまう。もっと器用な者なら、宮本武蔵でなくとも、箸でつまみあげることが可能だろう。動きの鈍った静止中のハエを箸でつまみあげたところで、なんの利益があるわけでもなく、わざわざ挑戦する者はいないだろうが。

 けれども、そろそろアースジェットの予備を用意しておいたほうが良いかもしれないなあ、などと雪だるまマークの少なくなった天気予報を眺めながら考えはじめている。