『空にかたつむりを見たかい?』 第23回

 夏休みに入り、式典の映像も本格的な撮影を開始することになった。

 とりあえず今日は、老人会の泉水さんへのインタビューを終え、僕とダイチは、歩いて空飛ぶかたつむりを見た川まで向かった。この後、隣のクラスのユイに出演協力してもらい、オープニング用に欲しかった別の映像を撮影することになっているのだけれど、ユイが到着するまで、もうしばらくかかるので、かたつむりの撮影をしようと思ったのだ。マリサはユイを迎えに行くため、別行動だ。

「暑いね」

 額の汗をぬぐいながら、ダイチが言った。

「暑い」

 僕も首の後ろに冷やした水を入れたペットボトルを当てて答えた。北海道とは言え、七月の下旬ともなれば、暑い日があって当然だ。しかも、今日は雨上がりなので湿気も多い。

「後悔してるでしょ?」

 ダイチが僕の顔を覗き込んで訊いてくる。

「かたつむりの撮影のこと? それともオープニングの撮影のこと?」

「どっちも。っていうか、この映像制作を引き受けたこと」

「ちょっとね」

 考えてみれば、空飛ぶかたつむりの撮影ってなんだ? たしかに、僕はあの日「空飛ぶかたつむり」を見た。それがかたつむりではなくとも、ちょっと変わった空飛ぶ何かがいたことは間違いない。だが、今もいるとは限らない。いや、いない可能性の方が高い。 暑さを我慢し、ダイチやマリサを巻き込んでまでやらなきゃいけないことなのか? どうして、マリサが絵の謎を調べたいと言った時、なら自分もかたつむりの謎を、なんて思ったのだ? あの時は、たしかに胸が躍っていたのに……。

 いや、胸が躍ったとは言え、せいぜい式典用の映像の合間に、ちょっと何度か寄ってみようと思っていただけだった。しかし、暑さのことを忘れていた。こうして、実際に蒸し暑い中、見間違いの可能性の方が高い現象を観測しようとしていると、自分の阿呆さに涙が出てきそうになる。

「アユムのやりたいことが、いちばん面倒だよね」

「たしかにね。実体がないもの」

 マリサとダイチが追っている謎には、答えに辿りつけるかどうかは分からないものの、答えが存在していることは分かっている。それに対し、「空飛ぶかたつむり」には、答えがあるのかどうかも分からない。遠い日の記憶だけでは、もしあれが、たとえばちょっと大きめの虻か何かが飛び立っただけなのだとしても、それを確かめる術がない。開拓者たちがキツネの巣のそばを通ると化かされてしまうという民話を聞いたことがあるけれど、この近くにもキツネが巣を作っていて、僕はあの時からずっと化かされつづけているのかもしれない。それはそれで、またファンタジーな話だけれど。

 本当に、どうして僕は、そんなものを調べようと思ってしまったのだろう。胸が躍ったのには、何かもっと理由があったような気がするのだけれど、その時ですらはっきりしていなかったうえに、今では暑さに押されて考えることも苦痛だ。

「だいたい、あそこにまだかたつむりって出るの?」

 ダイチの疑問はもっともである。国島先生が得体の知れないナントカ菌団子を撒き散らしてから、あの川に寄りつく人は減った。人だけでなく、あの川に寄りつく生き物が減った。ナントカ菌団子のせいか、長嶺さんが薄め忘れた農薬のせいかはわからないけれど、あの大量発生したカマドウマも大量発生したわけではなく、やっぱり、あの川付近から逃げ出しただけなのだろう。