『空にかたつむりを見たかい?』 第13回

 バンクシーとは、知っている人も少なくないと思うけれど、イギリスを中心に活動する正体不明のグラフィティアーティストだ。

 二○○五年に、各国の有名美術館に自作の絵を勝手に展示、それがしばらく気づかれなかったというエピソードや、ヨルダン川西岸地区分離壁に描いた絵が有名で、風変わりなドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』を監督したりもしている。『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』は、マリサから「絵」の話を聞いた後、慌てて購入して鑑賞した。この映画からインスパイアされた小説も読んだ。そうやって、バンクシーについて調べていくと、たしかに知悦部周辺の「絵」も、バンクシーを意識した何者かの手によるものだろうと思われた。

 そこで思い出されるのは、僕たちが通う中学校で二○○一年の八月に起きた事件だ。僕たちが生まれる前のことだけれど、有名な話なので、この中学校に関わる人なら、みんな知っている。ちょうど、土佐先生や塔子さんたちが、三年生だったころの話だ。

 二○○一年の夏休み最終日、校舎の屋上に一夜にして巨大なピカソの『ゲルニカ』のパロディ絵画が現れた。本来は白黒で描かれた『ゲルニカ』がカラフルに彩られ、無差別攻撃を受ける人々は、楽しそうに歌って踊る姿に変えられていた。翌月に、あのアメリ同時多発テロが発生したこともあり、当時はかなり話題になったらしい。

 学校の屋上への扉は、普段は閉ざされているし、描かれたのは夜中だと思われるので、正門だって閉ざされている。しかも夏休み中だ。どうやら「犯人」は、何らかの方法で二階建て校舎の屋上へよじ登り、バンクシーらグラフィティアーティストがよく用いるステンシルでもって、この巨大な絵を完成させたらしい。単独犯とは思えないけれど、いまだに一人も犯人は見つかっていない。

 この事件のことを知っていれば、あちこちに点在する「絵」も、同じ人物たちの仕業ではないかと、マリサでなくても勘ぐるだろう。

 マリサが追おうとしている謎。

 それは、この一連の「絵」の描き手を突き止めることである。