波乱を好むほど被虐的でも暇でもないからサティスファクションを叫んだりする

 雪も降り、寒さも段々と厳しくなってきたのだけれど、冬が近づくと陽も高くなり、窓の位置や大きさによっては日光が厚かましいくらいに射し込んできて、ちょっと寒いからといってストーブなんかつけてしまうと、暑がりの私には夏場と変わらないくらいの不快な環境になってしまう。12月の中旬を迎えるくらいまでは、多少の寒さは我慢していたほうが過ごしやすい。

 そんなわけで、今年も残すところ1ヶ月半ほどとなったわけだが、精神面の事情もあって世間のことは遠目に窺う程度にしているつもりなのだけれど、2019年という年は何の遠慮もなくあんな事やらこんな事を注ぎ込んでくるものだから、例年にないほどの疲労感がある。悪いけれど、2019年氏には早いところ去ってほしいというのが本音である。

 しかし、その後に控える2020年氏もなんだか面倒な爆弾を抱えていらっしゃるようで、いつになったら穏やかな顔の新年氏と巡りあえるのだろう。残りの人生で出会うことが出来るのだろうか。残り時間が多いとは思えない身体を魂の器としているので、できれば新年氏のほうに頑張っていただきたいのだが、なんだか物心ついたあたりから、私が出会ってきた新年氏は揃いも揃ってやさぐれている印象である。かといって私自身までつられてやさぐれてしまうと、ただでさえ残り少ない時間がさらに荒削りされてしまうので、もう世間のことは遠目の薄目くらいにしたほうが良いのかもしれない(まったく目にしないでいるのも、それはそれで不安に駆られてしまうので厄介である)。

 とりあえず、2019年氏には残りの1ヶ月半くらいは大人しくしといてくれよと伝えておきたい。2019年氏に人格があればの話だけれど。