『今日までの夜に見た夢に彩られた走馬灯にも似た自分史』(10)

 中磯瀬の古書店はただの掘っ建て小屋で、床というものもなく、本棚もあぶれた本も直接大地の上に置かれていた。湿気を吸って酷い状態のものもあったが、湿気を吸い込む前から酷い内容のものばかりでもあったため、御主人は信用に足る人物なのだというクリハラの言葉を私は信じた。

 クリハラが牛を嫌っていたのはマサ君のせいであるが、マサ君の家とは無関係の牧場でも血走った目の牛と対峙してありったけの嫌悪をぶつけていた。贔屓の女優が牛を模したキャラクターに扮した時でさえ「あんなに綺麗な牛などいない」と演出家に抗議の手紙を出そうとしたので緑茶を飲ませて落ち着けた。

 チャボはクリハラとの共通の友人だったが、キックと最初に話したのは私だった。ミック・ジャガーキース・リチャーズを足しっぱなしにしたような顔だったのでそう呼んだ。チャボはキックを「いずれ傭兵になりそうだ」と評したが、洗濯機や冷蔵庫を運ぶほうが好きだったので、そうはならなかった。キックが教師に火のついたライターをぶつけた時、私はすでに体育館の手前にいた。大事な何かを教師に取り上げられ泣き叫ぶ幼児の声が聞こえてきて、いたたまれない気分になった。結局、その声は幼稚園児の頃のキックのものだったが、直後にノアちゃんが教師を殴って逃げ出したため大騒ぎになった。教師や教師の賛同者たちがノアちゃんを追いまわしていた。私は人の波から逃れ、ノアちゃんに追手の来る方向を2度伝えた。