『元・引きこもりの13日の金曜日VS悪魔のいけにえ 〜語り部 死神〜』第2話

『元・引きこもりの13日の金曜日VS悪魔のいけにえ語り部 死神〜』第2話
           
            (原案:真子晃『13日の金曜日VS引きこもり』)



 俺は野呂瀬琢磨。通称・たっくん。暗殺の集団、13日の金曜日の会に所属するプロの殺し屋兼DVDショップの店員だ。影の薄さが採用の決め手だった。俺の仕事は暗殺だ。とても誇れる仕事じゃない。……でも、俺は今、生きている。

 レディーからの見送りを受け、俺はいつものように仕事へ向かう。いつものようにとは言っても、俺の仕事は暗殺。依頼人が変わればターゲットも変わり、ターゲットが変われば状況も変わる。いつも通りなんてことはあり得ない。だが、俺の意識としてはいつも通りだ。いつも通り、殺せば良い。
 かつてはレディーも暗殺者だった。だが、人を殺すことができず、プロにはなれなかった。そして、色々あって俺がプロの暗殺者となり、彼女は俺のマネージャー的な存在になった。
 訓練は受けたものの、暗殺という仕事は簡単ではない。俺は訓練時から成績は良かったものの、それでも人を殺すのは精神的にも技術的にも楽ではない。プロへの最終試験となる暗殺は、自分で無作為に選んだターゲットを殺すのだが、さすがにその時は僅かながらも躊躇をしてしまい、最初の一撃で無用な苦しみをターゲットに与えてしまったはずだ。試験なので、鮮やかに殺すことを目的としていたのだが、そこまでの力は、当時の俺にはまだなかった。今、悔やんでも仕方ないが。
 そして、仕事としての暗殺の場合、依頼人の希望通りの殺し方をしなければならず、「殺し手」の負担は更に増す。だが俺は、レディーのマネージメントもあって、集団の中でもトップレベルの暗殺者である。

 今日の仕事は、とある田舎の一軒家に住む男の暗殺だった。レディーと共に、男の家の近所にあるラブホテルに泊まり、先ほど同僚のガガから「準備」が完了したとの連絡を受け、ホテルを出た。
 ちなみに、ガガによる「準備」とは、隠しカメラの設置である。我々、13日の金曜日の会に仕事を依頼する者は、我々に映画のような殺し方を期待している。例外もあるが、基本的にはそうだ。依頼人が望むように、恐怖におののくターゲットを始末する。その姿は、あらかじめ設置された隠しカメラで撮影され、そのビデオを依頼人に見せることで仕事は完了する。
 ただし、俺は依頼人がどんな人間かは知らない。依頼理由も知らない。知ってはいけないという決まりはないのだが、これは俺のポリシーだ。俺は、ただ、依頼人の望み通りにターゲットを殺すだけだ。元々、コミュニケーション能力は高くない。いや、はっきり言って低い。だから、依頼人とのコミュニケーションはレディーに任せてある。先に述べた、マネージメントとはこの事である。元々、集団の広告塔としても活躍していたほどの整った顔とコミュニケーション能力を持つ彼女だ。依頼人の緊張も解け、必要な情報と希望はスムーズに聞きだせる。少しドジなところはご愛嬌だ。もっとも、そういった彼女の性格が、彼女がプロの暗殺者になれなかった理由でもあるのだが。
 レディーは、今日の仕事に関しても、依頼理由を聞き忘れるという大ドジを犯していたが、そもそも聞かなければならないという決まりもないので問題はない。頼まれれば殺すだけだ。多少、心配しているのか、出かけ際にも「気をつけるのだぞ」と忠告されたが、何も心配はいらない。理由などなくとも、殺しは出来る。

 ターゲットの家が見えてきた。やけに不気味な感じがするのは、いつもの事だ。夜というだけでなく、これから殺しが行われる場所というのは、それだけで湿った冷たい空気に包まれるものなのだ。もっとも、殺すのは俺なのだから、恐れる必要はない。依頼人は、ビデオからこの空気も感じ取り、より仕事の出来に満足するのだ。
 だが、それにしても寂れた家だ。周りに他の家がないせいもあり、まるで廃墟だ。一応、二階の部屋の窓から電気の灯りは漏れているのだが、どうにも薄暗い。人が住んでいる証だというのに、かえって人の気配を消す効果をもたらしているかのようだ。
 おそらく、男は、あの部屋にいるのだろうが、とりあえずガガからの連絡を待つ。ガガが監視カメラの映像を見て、男がもっとも殺しに適した状態になったのを確認してから、俺がチェーンソーを唸らせて、家へ入っていく手筈だ。
 男は、かなりの大男らしい。ひょっとしたら、多少てこずることになるかもしれないが、それはそれでいい。ターゲットの抵抗は、ターゲット自身の傷をより惨たらしくするだけだ。先月のターゲットも、こちらの想像以上に暴れたため、余計な苦しみを味わうことになった。俺は別に、ターゲットの手足を生きたまま刻むつもりはなかったのだ。ただ、プロとは言え、ああいうのはあまり気持ちの良いものではない。依頼人も、大抵は「殺される」という恐怖におののくターゲットを見たいだけだ。拷問したいのなら、暗殺のプロより、拷問のプロを雇うだろう。
 ……それにしても、ガガからの連絡が遅い。何か問題でも起きているのだろうか。
 ガガが問題を起こすということはないだろう。先輩であるというだけでなく、彼は集団の実質的なナンバー2である。たとえ、ガガ自身がミスをしたとしても、それならすぐにその旨の連絡を送ってくるだろう。
 だとすると、ターゲットが予定外の動きを見せたのだろうか。よく考えれば、こんな田舎の家なのに車がない。ひょっとしたら、俺が移動している間に出かけたのかもしれない。となると、最悪、今夜の仕事は延期になるかもしれない。

 しばらく待機していると、予想通り、ターゲットが古びたトラックに乗って帰って来た。やはり、俺が移動中に出かけてしまっていたらしい。ガガも、それならそうと連絡してくれれば良いものを。ターゲットが家にいるかもしれない状態では、むやみにこちらから携帯電話で連絡をとるのは危険なのだ。特に、ここは物音の少ない田舎だ。直接会って小声で話す方が目立たない。まあ、ターゲットが家に入れば、すぐガガも連絡して来るだろう。
 だが、ターゲットは、なかなかトラックから離れない。暗くてよく分からないが、助手席から何か大きな荷物を引きずり出そうとしているようだ。ターゲットが大男であるのは、暗くても分かるが、暗くても分かるほどの大男が引きずり出すのに難儀する荷物とは、一体なんだろう。
 しばらくすると、ドスっという音と共に、男が難儀していた荷物が助手席から転げ落ちた。かなり大きい荷物だ。麻袋のようなものだが、中身は分からない。男は、荷物を抱えあげるように持って、ようやく家に入っていった。
 少々、厄介な匂いがする。レディーの心配が、ある程度的中したかもしれない。少なくとも、今夜の仕事はスムーズには運べそうにない。

 男が家に入ってしばらく経つが、まだガガからの連絡はない。どうなっているのか。
 すると、突然、ターゲットとは別の男が、家の玄関先まで走って来た。
 ガガだ。
 一体、どうしたのだ。あんなに慌てた様子のガガは初めてだ。そもそも、何故連絡もなく、俺を探すでもなく、一目散に玄関へ向かったのだ。
 俺が混乱していると、ガガは男の家の扉に手を伸ばした。しかし、ガガが扉を開く前に、扉は勝手に開いた。そこに立っていたのは、不気味なマスクを被り、大きなハンマーを持ったターゲットの大男だった。大男は、そのまま、何の躊躇もなく、ガガの頭にハンマーを振り下ろした。
 行動に移る隙すらなかった。ガガは出来損ないの人形のように崩れ落ち、激しく痙攣している。そんなガガに対し、男は、まるで鶏をシメるかのような、何の感情も感じさせない動作で、更にハンマーを振るった。そして、痙攣すらしなくなったガガを家に引きずり入れ、勢いよく扉を閉めた。
 そこで、ようやく俺も家へ向かって駆け出した。緊急事態どころではない。とにかく、急がなければ。しかし、扉の前に辿りついたところで、頭部に強い衝撃を受け意識を失った。扉が開いたのかどうかさえ分からなかった。

                                          つづく