2月上旬の果実屋で夢ごはんのおかずを

 ツイッターで続けている文字数制限140字ちょうど(ただし「」付きなので、実質138文字)の短いお話を毎日1作投稿する活動(リハビリ的な意味もある)。2月前半のまとめ。



「果実屋と看板に書いてあるので入ってみたが、見たことのあるものは一つもなく、しかし、近くにあった果実を指して、これはなんという果実ですかと訊くと、ご主人は笑顔で林檎ですよと言う。ちょっと形が悪いからねえと笑うご主人の顔を見るに、どうやらここではこれが林檎なのだと納得するしかない」(2017年2月1日水曜日)

「嫌なことがあったので、ひたすらトマトを煮てみたが、どうも根性のあるトマトのようで、なかなか煮崩れてくれず、それがまた憎らしく菜箸で突き刺してみたら、ぽひゅっと音をたてて雲散し、ただうっすら赤いだけの煮汁が残った。その様に風情があるように思えたのが悔しく、今度はキャベツを刻んだ」(2017年2月2日木曜日)

「番兵に雇っている熊から、来月は林檎を頂けると嬉しいです、と催促される。例の果実屋で買った、あちらの世界では林檎とされている妙な果実しか我が家にはないので、こちらの世界の林檎を買っておかなければいけない。熊にはたいへん世話になっているので、固くて旨い林檎を用意してやりたいと思う」(2017年2月3日金曜日)

「上の歯茎の裏が“むにゅい”と子供が騒ぐので、よく見てみると、なにやらたしかに“むにゅそう”なできものがあり、悪い病気だと困るので、すぐに近所のお医者さんに診てもらったが、軽い口内炎的なものだと言われた。しかし、“むにゅい”とは伝えなかったので、帰ってから急に不安になってしまう」(2017年2月4日土曜日)

「近所の博物館が妖精に関する資料を展示しはじめたので見に行く。どの妖精も思っていた以上に恐ろしい姿をしているため、子供たちは皆、親の手を強く握って離さない。一緒に見に来た蛙が、私のことを苦手とする人が多いのは知っていますが、苦手の代表として扱われるほどではないですよね、と呟いた」(2017年2月5日日曜日)

「天気予報のハヤシさんが予報できなかった異常寒波のせいで、家がひどく縮んでしまった。私一人が移動するのもやっとな大きさになってしまい、家族がいないことを幸いに思いながらも、さてどうやって家を温めようかと考え始めるが、ストーブと壁の距離も縮まっているので、しばらくは耐えるしかない」(2017年2月6日月曜日)

「木が揺れるのは、木が自ら身体を動かしているのだと友達の前で主張し、バカにされてしまった息子の為、あらかじめ木の根元に潜っておき、息子の友達の前で木を揺らしてみせたのだが、地面を掘り返されそうになり、慌てて神に祈ると土に還ってしまった父を持つ哀れな子供の話を聞いて涙がとまらない」(2017年2月7日火曜日)

「居間の観葉植物が、観られるだけの日々に飽きました、という書き置きを残し夜中のあいだに家出してしまった。しかし、観葉植物は人が見ていない時にしか動けないので、きっとどこかで絶望していることだろう。探してやりたいが、外では根を張ってしまっているはずで、どれがあの子なのかわからない」(2017年2月8日水曜日)

「気鋭の幼児たちが集まる幼稚園で、サンタクロースを信じる子供を信じる大人を傷つけない為の方法という講義を聴く。教壇に立つ幼児たちの卓越した話術には感心させられてばかりで、あぶうだぶうしか言えない赤子と大差のなかった自分を恥じる。この幼児たちなら親をがっかりさせることもないだろう」(2017年2月9日木曜日)

「優しくして下さい、という添え書きのあるナスを買う。どうしたらよいかしばらく考え、ゆっくり茹でてみることにした。包丁は優しさを感じないので、切らずに丸ごと茹でる。なぜそれが優しさだと思うのですか、と肩越しに訊かれたので、茹という漢字が優しそうだと思ったからです、と心の中で答えた」(2017年2月10日金曜日)

「“隣の人”と話す。“隣の人”が“隣の人”になってから、もう5年になるが、ちゃんと話すのは初めてである。“隣の人”は、自分はりんご狩りを生業としていたのです、と切り出し、“隣の人”になるまでに歩んできた人生を心地良いリズムで語り尽くした。この人が来年も“隣の人”であることを願う」(2017年2月11日土曜日)

「彼の右手を干していたつもりだったのに、あれは誰の右手という声に驚いて確認してみると、たしかに彼の右手ではなく、干す必要のない、どこかの誰かの右手を干してしまったようで、えへへと照れ笑いするしかない。彼は彼で、特に気にする様子もなく寒天を用意し、右手はすぐ生えるから、と欠伸する」(2017年2月12日日曜日)

「新しい家のためのやもりを見つけないといけないのだが、この時期になると、なかなか見つからない。しかし、今日中に見つけておかないと、やもりの職探し期間が終わってしまい、来月まで新しい家に住むことができない。やもりに似た何かでは駄目ですか、と足元から声が聞こえたが、話す暇なんかない」(2017年2月13日月曜日)

「どこまでが体なのかわかりません。私を随分と慕ってくれているらしいヒロト君は、小学校教師には荷の重すぎる、いささか哲学的な質問をぶつけてくる。その都度私は、ありったけの知識と、同じくらいのはぐらかしで答える。まさか、アンコウの雄のようになってしまうとは思わなかった。私、女なのに」(2017年2月14日火曜日)

「一日四食です、と言う後輩の女の子は、そうとは思えぬほど細身で、とりあえず朝・昼・晩それぞれのメニューを訊いてみたのだが、やはりどれも非常にこじんまりとしたものだった。四食とはいっても、そんな食事内容で満足できるものか疑問に思ったが、四食目は夢ごはん大盛りですと笑顔で告げられる」(2017年2月15日水曜日)