『空にかたつむりを見たかい?』 第35回

「もうひとつの地球」

 

 戸惑う宇宙飛行士

 目の前に広がる荒野

 故郷にもよく似た

 懐かしさと新しさ

 彼の細胞が

 いまここを許す

 

 生まれる前に見たような

 水のような空気が包む

 この形になって

 感じ続けてた あれは何か

 見てみたかったのは

 

 これなんだきっとほら

 翼の生えたイルカのような生き物が

 太古の地上に生い茂っていたような樹に

 降り立った

 防護服に包まれた

 彼の目を見て 首を傾げる

 

○○○   ○○○   ○○○

 

「はい。谷川拓也さんのニューアルバム『TEO』から『もうひとつの地球』でした。最後まで聴きたい方は、ぜひアルバムをご購入ください」

「よろしくお願いします」

「九五、六年というと、まあ激動の年代って感じですね」

「僕らの世代が小学生の頃ですね。ちょうど九〇年代の半ば」

「音楽だと、小室哲哉さんの全盛期ですかね」

ダウンタウンの浜田さんと一緒にやった『WOW WAR TONIGHT』がちょうど九五年なので、そう言っていいと思います。なんか、小室さんというと、まっさきにあの歌が思い浮かぶんです」

H Jungle with tですね」

「はい。でも、あのころ、学校で一番流行っていた歌ってなんだったかなって考えると、たぶん小室でも安室でもないし、ドリカムでもミスチルでもなくて、ましてやオアシスとかブラーとかエイフェックス・ツインとか洋楽を聴いてる小学生なんかそうそういないくて、やっぱりあれなんですよ。ショーコー、ショーコー、アサハラショーコー」

「ああ……」

オウム真理教の一連の事件でテレビニュースが埋め尽くされてましたからね」

「なんか、当時のバラエティ番組で女子高生にテレビに対する意見を募ったら、オウムばっかりやるなって意見が一番上にあったのを覚えてます」

「本当、すごかったですね。あとは、阪神大震災とフランスの核実験ですか」

「なんか、終末感漂ってましたよね。だから『エヴァンゲリオン』とかも流行ったんでしょうけど」

「でも、じゃあ当時、小学生だった僕たちが、そういう終末感みたいなものを感じていたかっていうと、なんかファンタジー的な魅力は感じていたかもしれないけど、結構明るくやってた気もするんですよね。実際、ショーコーショーコーっていうあの歌も、みんなギャグみたいな感じで歌ってましたし」

「北海道の田舎だと、特にそうなのかもしれませんね。実感がわかないというか……」

ノストラダムスとかを目前にして、世間的には暗い感じもあったんでしょうけど、こっちでは九六年なんて、『水曜どうでしょう』の始まった年ですからね」

「暗くもなんともない」

「僕なんかは、暗い実感を持てなかった九十年代半ばよりも、八十年代の終わりから九年代初めくらいに出てきた暗さのあるもののほうが、しっかり終末感みたいなものは感じますね。いとうせいこうさんの小説とか音楽活動とか」

「私は、あまり触れてなかったですね。その辺りは」

「いずれにしても、小学生だった当時、怒りとか憎しみとか絶望って、世間や世界に対してより、自分の通っている学校に対してのほうが大きいですから」

「けっこう、怨みとかあるんですか?」

「いっぱいあります。たとえば、僕、泳げなかったんですよ。で、六年生の時の水泳記録会で一年生に交じらされて、らっこ競走だかなんだか……こうビート板を胸に抱えて仰向けになって泳ぐっていう、そんなのに出されたんです」

「うわあ、それはちょっと……」

「当然、笑われますよね。でも、その時笑ってたヤツで、一年生レベルの勉強が理解できてないヤツだっていたんですよ。そいつが一年生に混じって勉強させられるってことはないんですよ」

「でも、運動ができない子が笑われる」

「そうなんです。中学も一年の時は、運動部しかないくせに強制参加でしたからね。まあ、顧問に恵まれて三年間やり通せたので、それはそれでよかったんですけど」

「何部だったんですか?」

「サッカー部です。サッカー部の顧問の先生がいちばんいい人そうだったので。実際、いい人だったし、正しい身体の鍛え方なんかも教えてくれました。今でも、あの頃のトレーニングは軽く続けてます」

「今でもですか?」

「はい。雨の日なんかのための陸トレってやつです。腹筋二十回、背筋二十回、腕立て二十回、スクワット三十回を一セットとして、一日三セットやるんです」

「けっこう、きつくないですか?」

「慣れちゃいましたからね。でも、ちょうどいいくらいだと思いますよ。実際のサッカー部時代は、短距離のダッシュとかも含まれてましたが、それはやってません。場所もないですし」

「なるほどなるほど」

「ただ、それでも当時、スポーツばかり推進していた連中に対しては、やっぱり怨みがありますね。小学校では、やたらスケートが盛んで。これも嫌でしたね」

「それは、私も嫌いでした」

「なんか、学校側というより、青年部がやけに力が入って、無理矢理やらせてくるんですよ。バカみたいにやらせるから、たしかにある程度上達はするんだけど、中学校に入ったら、みんな辞めちゃうんですよ」

「スケート人口減らしてますよね」

「清水選手とか、怒ったほうがいいですよね。余計なことするんじゃないって」

「ははは」

「僕は、けっこうみんなが簡単にできることができない子供だったんです。でも、逆にみんなが苦手なことは得意だったりもしました。評価してくれる人もいないわけではなかったけど、やっぱり圧倒的にバカにされるほうが多かったですね。結局、できないことのほうが目につくし、バカにする方が尊敬するよりも楽しみやすいんでしょうね、人って。実際、みんなにバカにされている時の僕でさえ、僕が簡単にできることがちっともできないくせにバカにしやがって、って他のみんなのことを心の中でバカにしながらムカついていたわけですし」

「人間なんてそんなものと言ってしまえば、それまでかもしれませんけど……」

「なんか自己嫌悪にもなりますよね。なんとか楽しくやっていく方法を見つけましたけどね」

「平気で生きるやり方を、ってやつですか?」

いとうせいこうさんの『噂だけの世紀末』の一節ですね。知ってるじゃないですか」

「あまり聴いてなかったんですけど、あの歌はなんか覚えてるんです」

「平気で生きるやり方。大事だと思いますね。無理な苦労して身につくものでもないと思いますし」

「勉強はたくさんしたほうがいいし、遊びも経験もたくさんあったほうがいいとは思うけど、余計な苦労なんてしないほうがいいよね」

「若いうちの苦労なんて、金を払ってでも避けよ、ですよ」

「いつか役に立つ、いつか大人に感謝する日がくる。全部、たいてい嘘ですよね。というわけで、『いつか』というワードにうまくつなげたところで、谷川さんのニューアルバム『TEO』からもう一曲。『いつかなっちゃん土星を釣った日』です」