鯉にも恋にも良縁なし

 私の通っていた小学校が閉校してしまったことからもわかる通り、地元では子供の数が激減している。団塊の世代である父が小学生の頃は、一人や二人蒸発したところで気付けないくらい子供で溢れかえっていたようだが、私が小学生の頃には最大でも全校児童は35名ほど。以降は、それより増えることがなかった。

 子供が減ると同時に目にすることが稀になったのが鯉のぼりで、私の世代でも珍しく男ばかりの4兄弟だった蛙川君(仮名)の家も今や兄弟全員立派な大人となり、この時期になると蛙川家の庭先で元気よく泳いでいた鯉のぼりも見かけなくなって久しい。

 私の家にも母方の祖父が買ってくれた、なかなか立派な鯉のぼりがあるのだが、この鯉たちが風を泳いだのは一度きりだった。初めて飾った年に、木製のポールの腐敗が進んでいて、いつ折れてもおかしくないことが判明したからである。父の代から庭にそびえていたものだったので仕方ないが、結局、立派な鯉たちはすぐに立派な箱にしまわれ、今も私の部屋の押し入れの中で眠っている。売ればそこそこの値段になるのかもしれないが、さすがに今は亡き祖父の思いを踏みにじるほど冷酷な人間にもなれない。

 そういえば、通っていた幼稚園でも鯉のぼりのポールが壊れ、私の短い在籍期間に鯉の泳ぐ姿を見ることはできなかった。まさか、私がたくましく育てなかった原因が鯉のぼりの泳ぐ期間があまりに短かったからだとは思いたくないが、あまり鯉たちと良縁に恵まれなかったのは事実である。

日本人形玩具辞典

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