「パンがなければ奇跡を起こせばいいじゃない」

「子供というのは、食べるシーンのある物語が本能的に好きである」(清水義範『独断流「読書」必勝法』より)

 

 『ロビンソン・クルーソー』の解説において、清水義範はこのように書いている。続けて「特に私の世代などは、幼い頃にまだ世の中が貧しくて、好きなものを好きなだけ食べられるというふうではなかったから、物語の中の食べるシーンに憧れたものだ」とある。

 1947年生まれの清水義範先生は私の父と同世代になるが、父は私の同級生の親のなかでは年長者にあたり、すなわち1986年生まれである私自身の世代となると、誕生から数年はバブル真っ只中で、バブル崩壊を迎えても基本的にはまだまだ子供、幾多の暗い事件や風潮に漂う世紀末感をなんとなく感じつつも、もはや「飽食の時代」という言葉すら聞き飽きていた世代かもしれない(もちろん、その後自分たちが長引く不況の煽りに直面したり、直面せずとも関連事象の報道により貧困というものを間近に意識せざるを得なくなるわけだが、それはまた別の話)。斉藤和義がデビュー曲『僕の見たビートルズはTVの中』で「僕は食うことに困ったことなどない」と歌った1993年は、ちょうど私が小学校に入学した年でもある。

 それでも「子供は食べるシーンのある物語が本能的に好き」という説は、断言することはできなくとも共感できるものではあり、「食べるシーン」が特徴の一つとして挙げられる宮崎駿作品を大半のクラスメイトが鑑賞していた(無論、国民的アニメ作家であるため、私のクラスメイトに限った話ではない)のも無関係ではないのだろう。思い返してみれば、カリキュラムとしてはもはや“悪名高き”と言っても良いかもしれない読書感想文にて、物語の「食べるシーン」に触れている級友は少なくなかったように思う。

 なかでも思い出深いのは、小学校の図書室に揃っていたポプラ社の『子どもの伝記全集』から『キリスト』(『キリスト』の巻が第13巻だったのは敢えてなのだろうか)を選んで読み、「パンがたくさん出てきて美味しそうでした」と読書感想文に綴ったユウタ君(仮名)である。ユウタ君(仮名)の名誉のために、小学校何年生の時の出来事だったのかは伏せておくが、ユウタ君(仮名)は他にも道徳の教科書に載っていた「収容所で食べた黒パンの味が忘れられない男性の話」を気に入ったりしていたので、たぶんパンがお好きだったのだろう。そんなユウタ君(仮名)のために私は「『ナポレオン』(第12巻)もお勧めだよ」と伝えておいたのだった。しかし、今なお読んでくれたのかどうかは知らない。

独断流「読書」必勝法 (講談社文庫)

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子どもの伝記全集セット (児童書古書セット)

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ロビンソン・クルーソー (岩波少年文庫)

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