少年と犬と公衆衛生と私

 最寄りの辛うじて集落と呼べそうな地域にも、かつては数軒の飲み屋があった。さらに古の時代には、旅館や映画館すら存在したようだが、それは齢80に差し掛かろうとしている私の父が少年だった頃までの話だ。それでも数軒の飲食店や商店の類が私の誕生後もどうにか生き延びていたのだが、じわりじわりと明らかな廃墟や更地へと姿を変えていった。

 それら、私という人間が存在して以降もわずかながら命の火を灯していた店たちの中に、一歩足を踏み入れれば大半の人間が吐き気に襲われるほどの悪臭が染み込んでいた飲み屋があった。知人に連れられ、一度だけ数分間滞在した経験のある父の話によると、どうやら犬や猫が数匹、あまり良い手入れもされない状態で飼われていたようだ。飲食店に動物が暮らしているのは、いくら衛生管理に気をつけていたとしても、気にする者は気にすることだろうが、おざなりの管理であれば犬や猫を愛する者だって食事をする気になどなれないだろう。愛するが故に、より強い怒りの感情を抱くかもしれない。

 いつ頃から営業していたのかは知らないが、少なくとも私が物心ついた時には暖簾を出しており、当然というべきか遅すぎたというべきか、私が中学生になった辺りで閉店していた。営業不振なのか保健所の指導なのかは分からない。おそらく前者であろうと思うのは、今なお建物自体が取り壊されずに残っているからである。

 染みついた悪臭が全く消えず、立ち入ることすらままならないなどという悍ましい噂も聞こえてきたが、たぶん費用等の理由で解体を渋っているだけなのだろう。しかし、心霊スポット化したという話は聞かないし、店舗の大きさの問題もあるだろうが、非行少年や反社会的集団がたむろしているという話も聞かない。そもそも、非行か否かに関わらず、少年と呼べる世代がほとんど存在していないのだが、営業していた頃の実情を知っていれば、どんな人間であれ幽霊屋敷以上に近づきたくはないだろう。