創作

『この西瓜ころがし野郎』(完)

サトリの妻と少女による「舞い戻りの舞」は陽が沈み、やがてまた陽が現れる頃まで続き、舞い終えた頃にはサトリの妻も少女も取り囲んでいた者もすべて憑き物が落ちたようにつやつやした表情となり、つづいて眺めていた者たちの中からすぐに美しく「舞い戻り…

『この西瓜ころがし野郎』(19)

元々用意してあった西瓜や飛び跳ねまわるうちに運悪くこの土地へ舞い戻って来てしまった西瓜も含め、サトリの妻と少女は西瓜たちの事情などおかまいなしに蹴り飛ばし続けており、その姿はなにか美しい舞のようで、思わず詩人が「舞い戻りの舞」と呟いたのに…

『この西瓜ころがし野郎』(18)

西瓜の血汁にまみれて転がりながらも悪態を喚き続ける西瓜ころがしの姿を最初に目にした余所の土地の者は、西瓜知りたがりのスプーキーの四散した身体から7度目の復活を遂げた小鬼のような化け物を背負ったグランゼニアという国の詩人で、詩人にありがちな放…

『この西瓜ころがし野郎』(17)

西瓜の尻尾のごとく激しく振り回され続けた西瓜知りたがりのスプーキーの身体は、西瓜が西瓜知りたがりのスプーキーの家から西瓜ころがしが転げ落ちているこの土地まで飛んでくるまで至る所でちぎれ飛び、ちぎれ飛んだ身体の一部もまたちぎれ四散し、西瓜に…

『この西瓜ころがし野郎』(16)

各地の西瓜たちの西瓜ころがしへの憎悪の叫びが少しばかりも西瓜ころがし本人の耳に届いていないと知るや、西瓜たちは西瓜たちなりの伝達手段によってあっという間に西瓜ころがしの転げ落ちているこの土地の位置を把握し、それぞれがそれぞれの形でこの土地…

『この西瓜ころがし野郎』(15)

いくら西瓜がへばるほど中身がほじくり出されていたからといって、頭を突っ込んでみれば食えるだけの中身はそれなりに残っており、しかも西瓜知りたがりのスプーキーは皮まで食い破らんとする勢いで中身に齧りついており、この場に西瓜知りたがりのスプーキ…

『この西瓜ころがし野郎』(14)

そんな新鮮町の住人のなかに西瓜の中身について調べたくなった者がおり、それまでは周りから珍しもの好きのスプーキーと呼ばれていたが、西瓜ころがしの野郎のせいで西瓜知りたがりのスプーキーと呼ばれるようになってしまい、幸いにもスプーキーな彼はなん…

『この西瓜ころがし野郎』(13)

ラカンバのお百姓さんが腹いせに蹴とばした小ぶりの西瓜は上空を飛んでいたペリカンの口にがぽっとはまり、あわてたペリカンは羽ばたくのを忘れて顎をがっこがっこと揺さぶりながらお百姓さんの頭の上に落下、ペリカン嫌いのお百姓さんは体中を掻きむしりな…

『この西瓜ころがし野郎』(12)

西瓜ころがしはかたくなに西瓜は我が国だけの作物だと言い張るのだが、それはもちろん西瓜ころがしの無知ゆえに成せる業であり、リプトニアやラカンバの者たちは、皆それぞれの言語で「この西瓜野郎、この西瓜野郎」と跳ね交う西瓜ともみあいへしあいしてい…

『この西瓜ころがし野郎』(11)

全身を西瓜で紅く染めた店主の妻がやみくもに鉈を振り回すものだから、店の中は西瓜以外の赤い色まで混じって大変な騒ぎで、この期に乗じて気に入らぬ者の頭と西瓜を見紛う振りをする者も続出、悲鳴と歓声も混ざり合うなか、基本的には性善説が信じられてい…

『この西瓜ころがし野郎』(10)

西瓜は山を登り海を飛び越え、手始めに隣国の王様の盃にぼこんと乗っかり、意外に丈夫な盃に驚いてみせたのを王様が気に入り、ぺちんと褒めるために叩いてやったら、西瓜もまた上機嫌で弾んでゆき、段々畑で農民を追いかけつつ跳ね落ちていくと、そのままア…

『この西瓜ころがし野郎』(9)

速めた足がぷるぷると震えはじめる者もいるにはいたが、皆それぞれ西瓜ころがしに対しては足の震えのことなどお構いなしに振る舞えるくらいの憤りは持っていたので、川魚の急坂から西瓜ころがしの西瓜を蹴落とすのは、私や和尚が思っていた以上に盛況で、噂…

『この西瓜ころがし野郎』(8)

もちろん、番台の女の笑い声が常に鈴蛆の湧いたような声であることは理解できるのだが、理解できないのは、どのような生活を送れば笑い声が常に鈴蛆の湧いたような声になるのかであって、おそらくそれを注意する者も傍にはおらず、大口を開けて笑うものだか…

『この西瓜ころがし野郎』(7)

鈴蛆など最近では見かけることすら少なくなり、ゆえに耳に鈴蛆が湧くなどというのは、遠い昔のはやり病のように思われるかもしれないが、もちろん、この土地がいくら野良うずみがうろつく土地であるからといって、いまどき鈴蛆が頻繁に湧いたりすることなど…

『この西瓜ころがし野郎』(6)

川魚の急坂から西瓜ころがしの西瓜を蹴落とすことは、つまりは鐘爺に飼われていた哀れな老犬を弔うことでもあり、もっとも弔うというのは多分に弔う側の気持ちを満足させるものであり、それは和尚もかねてから説いている話で、大事なのは弔う側がそれを忘れ…

『この西瓜ころがし野郎』(5)

野良うずみというやつは、口にできるものが目に入れば躊躇うことなくもしゃもしゃとやりはじめるので、鐘爺の犬の餌に限らず、ひびの入った西瓜なんかにも顔を突っ込むものだから、西瓜ころがしにとっても厄介な存在で、仮に野良うずみの毛皮が高く売れるの…

『この西瓜ころがし野郎』(4)

皆の足が速まったからといって空山のふもとまでにはまだそれなりの距離があり、ぷくろうちを作るほど容易いものではなく、案の定、ラリゲの奴が軟弱なところを見せはじめ、大量に背負ってきた桃を齧り出したあたりでようやく鐘爺の飼っていた犬の墓が見えて…

『この西瓜ころがし野郎』(3)

西瓜ころがしの老人が鐘爺という綽名で呼ばれるようになった頃、すでに鐘爺のことを知る者は少なくなっており、結果として西瓜ころがしの老人は鐘爺の悪名を再燃させる役割を果たしたわけで、その一点のみにおいて西瓜ころがしの老人にも価値があったといえ…

『この西瓜ころがし野郎』(2)

和尚はすでに和尚ではなくその呼称は和尚時代の名残であり和尚という綽名と化しているだけなのだが今の和尚よりも和尚はよっぽど和尚なのでこの土地の人間はみな和尚を今なお和尚と呼んでいるわけで、和尚を和尚と呼ばぬ西瓜ころがしの老人が土地の鼻つまみ…

『この西瓜ころがし野郎』(1)

伸びた爪が土地鴉(とちがらす)の餌になると知ってからは、庭の隙間に指を突っ込むことが日課となり、すっかり指先は土地の栄養を吸ってしなやかになったのだが、いかんせん用済みになった爪切りのやつの愚痴が鬱陶しいので馬を飼い始めるも、馬の爪を削っ…

『東京腸女むすび』(目次)

この日記は2017年3月31日に書いたものです。 では、なぜタイムマシンを使ったわけでもないのに、2ヶ月以上の時が経っているのかというと、まず第一には、ブログの詳細編集機能を悪用したからなのですが、もうひとつの理由は、4月から少々、生活環境が大きく…

『東京腸女むすび』(19・完)

飛行機を降りて、空港へ入った途端、人の多さにすこしだけめまいがしました。 ひくひくひくひく。 東京はあいかわらず人だらけですね。 同じ空港でも、仰光堂の最寄の空港では、人もまばらだったというのに。 わたしは、そっとお腹をおさえます。 きっとこの…

『東京腸女むすび』(18)

わたしが祖母のお墓参りをさぼっていた理由は、両親には車の運転が苦手だからだと伝えてあります。 罰当りな理由と思われるかもしれません。 嘘ではないのですけれど、しかし、やはりどこかで祖母の記憶と対峙することを避けていたのでしょうね。 「このお供…

『東京腸女むすび』(17)

「克仁さん」 わたしは、自分の頭がこれまでの人生でいちばん冴えわたっているような感覚になっていました。 名前を呼ばれた克仁さんは、そんなわたしの気分を、なんとなく察したようでした。ですが、それが自分にとってどんな未来を意味するのかは、分かっ…

『東京腸女むすび』(16)

結局、花火に興味のないわたしは、延々と好きなお笑い芸人さんのコントを頭の中で再生して、一人でくすくすうふふと思い出し笑いばかりしていました。本当に変な女ですね。そりゃあ、腸が飛び出たりもするわけです。 克仁さんは、やけに口数も少なく、花火を…

『東京腸女むすび』(15)

お昼休憩の時間に、克仁さんと喫茶店でお会いするのも、これで二度目になりました。 これで二度目というか、お休みの日にお会いしたことを含めても、まだ三回しかいっしょにお茶をしていないのですね。 今のわたしが、どれだけ男性とお付き合いすることに向…

『東京腸女むすび』(14)

サトウさんも交えて塔子さんとお会いしたことがありました。 そういえば、あの時も塔子さんは、自主制作映画のお手伝いをしていたのでした。 「撮影に使わせてもらうスタッフの部屋がド汚いから掃除しなくちゃいけないんだけど、なっちゃん掃除上手そうだか…

『東京腸女むすび』(13)

わたしは、今もなお、少年文学の名作『トム・ソーヤーの冒険』を最後まで読むことができていません。 しかし、私のお部屋の本棚には、『トム・ソーヤーの冒険』の古い文庫本があります。かつて、サトウさんからいただいたものです。 お付き合いしていた頃、…

『東京腸女むすび』(12)

町の行く末が心配になりそうな地方都市とはいえ、デパートの中のチェーン型喫茶店は、さすがにお客さんがわたしと克仁さんだけということはありませんでした。喫茶店の外に目を向けても、他の目的を持ってデパート内を歩く人たちが見えます。 わたしは、デパ…

『東京腸女むすび』(11)

「ちょっと心配してたけど、トラブルにはならなかったのかな?」 春ごろ話題になった映画のブルーレイが発売になったので、わたしが販促ポップをせっせと組み立てていると、岡田主任から声をかけられました。 「トラブルってなんのことですか?」 「あの、ほ…